私は以前のブログで成熟社会とは「過剰」な社会である、と書きました。 この「過剰」をいかに〝幸福〟に処理するか、これが成熟社会に課せられた課題です。
「過剰」の処理方法といえば、フランスの思想家バタイユ(1897-1962)の「蕩尽」論に触れないわけにはいきません。
バタイユによれば、人間が労働するのは単に生活に必要な物を作り出すためではなく、そこには過剰に生産した物を破壊し消費しようとする欲求が潜んでいます。そうした破壊と消費の大々的な形態が非日常としての「祝祭」です。
北米北西岸のネイティブ・アメリカンの間には、冬の「祝祭」時に行われるポトラッチと呼ばれる慣習があります。ポトラッチに参加する人々はお互いの力、富、気前の良さを誇示すべく、競って大量の贈り物をし合う。エスカレートしていくと、お互いの目の前で〝贈り物〟を次々と〝無駄〟に破壊してみせる。
我々はポトラッチのような「祝祭」において、過剰となった物を大量破壊すべく、日々の生産と蓄積に勤しんでいる、と見ることもできます。
現代に生きる我々はどのような非日常的な「祝祭」の場で、どのように「過剰なもの」を「蕩尽」できるのでしょうか。それこそがモノに溢れた社会に生きる我々の真の「豊かさ」を規定する重要なポイントとなるはずです。
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