2007年7月14日土曜日

ニュー・エコノミー「勝利の代償」

『働きすぎの時代』森岡孝二(岩波新書)より

ニュー・エコノミーは、人々を長時間労働に駆り立てる要因に満ちている。
ライシュによれば、ニュー・エコノミーは、すさまじいスピードの技術革新のもとで不安定性と激しい競争を前提にしている。消費者をつかむ鍵はスピードにある。人々は顧客を維持するためにも、スピードについていくためにも、コストを引き下げるためにも、より長時間、よりハードに、そしてパートや派遣などのより不安定な身分で働くように仕向けられる。
より良いものを、より速く、より安く手に入れるための消費者の競争も、同様の理由で労働の長時間化と雇用の不安定化を引き起こしている。


『成長経済の終焉』佐伯啓思(ダイヤモンド社)より

・・・「すばらしい取引の時代」ではないか、とライシュは述べる。だが、その代償は何か。
まず雇用が不安定となり、貧富の差が拡大した。特に売り込むべき何も持たないものは、世界の低賃金労働と競争するために、以前より賃金は下がり、以前の生活を維持するためにはいっそう働かなくてはならなくなった。
そして、彼らよりはるかによい報酬を得ている大卒の知的専門家もさらに忙しくなった。彼らは絶え間ない技術の革新と市場の開拓に終われ、ひとたびこのゲームから降りるや否や、もはや再び以前の地位や所得を手に入れることはできないからである。
かくしてアメリカ人の平均労働時間は、いまやヨーロッパ人を年間で350時間も上回り、かの「働きすぎ」の日本人をも上回っている。・・・

で、その結果どうなったか。家族が共に過ごす時間がなくなってゆく。子どもたちは大人とは異なったルールで彼らだけの世界を作る。一つの家族なり社会のモラルや価値が失われてゆく。さらに地域コミュニティが崩壊してゆく。アメリカのよき伝統のひとつであった様々な人々が入り交じり、ボランティア活動が可能であった地域のコミュニティが解体してゆく。

------------------------------------------------------

我々が利便性を求めたすぎたあまり、社会が「ゆとり」を失ってしまったと多くの人が感じているのではないでしょうか。ファストなものを求める方向に行き過ぎた社会を少し元に戻そう、という動きが強まっているように感じます。
「消費者」はすなわち「労働者」でもあります。神経症的に便利さやスピードを求めると、結局それは自分自身の首を締めることにつながってしますはず。
本当の豊かさとは何か。便利さとゆとりとのバランス均衡点はどこにあるのか。
その答えを我々は探してゆかねばなりません。

0 件のコメント: