『成長経済の終焉』佐伯啓思(ダイヤモンド社)より
90年代に、先進国経済は、製造業を中心とした大量生産、大量販売から、消費者の欲求やニーズにいち早く反応する大競争の時代に入った。
この大競争においては、ITをはじめとする新たな技術展開と、生産者と消費者を結びつける情報の確保や操作が決定的な要素となる。大量生産、大量販売のもとにおいては、人々はおおよそ画一的なもので満足し、標準的商品を買い込んで「人並み」の生活をすることが目標だった。この規格大量生産経済では、企業は、安定した市場のもとで予測可能な需要に対応すればよい。大きなリスクもなければ、さほどの競争も求められない。
しかし、今日、標準的生活はほとんど実現してしまったのである。生活の基本物質はひとわたり手に入った。だが、この「豊かな社会」において、人々は、もっと良いものを、もっと安いものを、もっとサービスの行き届いたものを求めるようになる。
こうして企業は、絶え間ない技術革新と新たな市場開拓へ向けてとどまることのない競争へ投げ込まれる。「より良く、より安く、より早く」が企業の生死を分ける。
こうして、ポスト大量消費の時代は、いっそうの便利さと安価さを求める消費者の貪欲なまでの欲望に振り回されることとなった。
この欲望へ向けて、情報テクノロジー、コミュニケーション技術、輸送手段における技術的な革新が結合して、経済の質を変えてしまった。それは、かつてのように、すでにわかりきった商品の生産において、生産規模の拡大によって利益を得る規模の経済ではない。
そうではなく、できるだけすばやく製品やサーヴィスを改善し開拓できる販売者、消費者のわずかな嗜好の変化をすばやく掴み取るマーケッター、あるいは、ブランド・イメージを生み出すことで消費者を満足させることのできる生産者、こうした者こそが利益を手にすることができるのである。
要するに、「工業社会」から「ポスト工業社会」への移行だ。
ライシュは、この「ポスト工業社会」を「ニュー・エコノミー」と呼んでいる。
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『高学歴ノーリターン』中野雅至(光文社)より
ライシュは、グローバルエコノミーの時代は、「大量生産から多品種少量生産の時代に移るのであり、企業規模などに関係なく誰もが市場にアクセスできる時代である」と指摘した。
つまり、グローバルエコノミーの時代には企業規模size of businessよりは個人の能力personal abilityが大きくものをいう、というわけだ。そして、このような経済体制を前提として、「変人」unique personと「精神分析家」psycho-analystがグローバルエコノミー時代の勝利者であると述べた。
変人とはアーティスト、発明者、デザイナー、エンジニア、金融のエキスパート、作家など「特定の媒体において新しい可能性を見つける能力を持ち、そしてその可能性を深め、発展させることを喜びとするような人たち」だ。
他方、「精神分析家」とは、営業担当者、タレントエージェント、需要開拓者、流行観察者、プロデューサー、コンサルタントなど「他の人々が何を欲しているか、何を見たいか、何を経験したいかについての市場の可能性を知ることができ、そういった機会をどのように生み出すかを理解している人」のことだ。
・・・ライシュの考え方が新鮮なのは、彼が〝人間の能力〝そのものに注目しているからだ。彼は「どの職業が儲かる」「どの業界が勝ち組」とは言ってない。どの職業にもどの業界にも、「勝ち組」と「負け組」がいることを前提としたうえで、変人のように創造性creative abilityがあり、精神分析家のように市場や消費者のニーズを分析できる人間こそが「勝者」になると述べているのだ。
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